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大谷 昭宏
(ジャーナリスト)
憲法は、国のありようをその国の人々と誓い合った、いわば国是である。細かく見れば個々に矛盾点があるとしても、こうありたいと願うことが大事。変えるな、変え出したら切りがないということを、訴えていきたい。 |
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桂 米朝 ・逝去されました。
(落語家・人間国宝)
空襲で、まだ5歳ぐらいの従兄が火だるまになって死にましてな。戦争いうもんがどんなに辛い切ないもんかいうことを、やはり体験した者が語らなあかんでしょうなあ。ホンマに憲法九条は大事にせなあきませんわ。
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鬼追 明夫
(元日本弁護士連合会会長)
少年時代に軍事教育、愛国教育を受けたが、現憲法の精神が私の血となり肉となっている。その主旨をないがしろにすることは、断じて許すことができない。大阪弁護士9条の会と協力しながら、広く呼びかけて行きたい。 |
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清 史彦
(真宗大谷派瑞興寺住職)
釈迦の第一の教えは「殺すな」。私は仏教者として「殺すな」を実践しようとする憲法九条の精神を大切にしたい。これは、政治・経済のジャンルではなく、「いのち」の問題、宗教者として避けて通れない問題である。
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小山 仁示 ・逝去されました。
(関西大学名誉教授)
戦争をする国になることを、私は許すことができない。60年前の不発弾が、なお多くの府民を恐怖に陥れている。私の計算では、あと50発以上の不発弾が残されている。何十年経っても跡が残るのが戦争である。 |
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新野 新
(放送作家)
昭和20年3月13日夜の大阪大空襲を体験した。ぼくは10歳で、家族11人は全員何とか無事だったけれど、翌朝多くの焼死体を見、馬の焼死体も見た。こういう恐ろしいことになる芽は、一切許してはならない。
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杉山 平一 ・逝去されました。
(詩人・映画評論家)
「九条の会」アピールへの賛同の輪が広がることを祈ります。 |
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津村 明子
(大阪府生活協同組合連合会会長)
中学一年のとき新憲法ができ、私には「男女平等」になったことが一番うれしかった。憲法改悪に進んでいる今、何としても歯止めをかけなければならない。九条はもちろん、憲法全体を皆で守りぬく運動を進めていきたい。
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直木孝次郎
(大阪市立大学名誉教授)
九条を変更して骨抜きにするような、非常に危険な状態が起っている。しかし、もう戦争をするような時代ではない。九条は、世界が今後進むべき方向を指し示した貴重なものである。絶対に守って行きたい。 |
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藤本 義一 ・逝去されました。
(作家)
憲法で一番素晴らしいのは九条。孫には「憲法改正で自衛隊を軍隊にしたり徴兵制にすることは、私の目の黒いうちは絶対にさせん。」と話している。戦争体験者が戦争を知らない世代に問いかけをし、語り合ったらいい。
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松浦 悟郎
(日本カトリック正義と平和協議会会長)
さまざまな宗教者が宗派を超えてこれだけ集まったことはない。命の尊厳と平和というキーワードに連帯することこそが、世界を平和に導く。憲法前文と九条には世界を一つにする力がある。その中で私たちの平和もある。 |
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宮本 憲一
(大阪市立大学名誉教授)
こんごの人類の目標は、平和、環境と資源の保全、民主主義・基本的人権の確立、思想・表現の自由と多様な文化の共生という「維持可能な社会」をつくることです。これは現憲法を守ることからはじまると思います。
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森 南海子
(デザイナー・随筆家)
私自身も千人針を縫って日の丸を振り、兵隊さんは喜んで戦地に行くのだと思い込んでいた。針と糸を持つ者として悔恨がある。千人針のようなものを縫ってはいけない、あってはならないものとして、後世に伝えたい。
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吉田 玉男 ・逝去されました。
(文楽人形遣い・人間国宝)
戦争は恨みのない人同士の殺し合いですわ。絶対にしたらあかん。よその国が軍隊を持ってるよって、日本も持とうとするんやのうて、「日本の憲法は戦争はやらん言うてる、あんたとこもマネしなはれ」と言わなあかん。
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